「柚希〈ゆずき〉さんはこの場所、初めてなんですよね」
「あ、はい。いつもは学校が終わるとまっすぐ帰ってるんですけど、今日はちょっと色々あって、少し休むつもりで」
「それって、その傷と関係あるのですか」
「あ、いや、それは……」
その言葉に、柚希が少し表情を曇らせた。
「ごめんなさい。私、余計なことを」
「いえ、大丈夫です。気にしないで」
「本当にごめんなさい。私、こうして人とお話するのが久しぶりなので、少し興奮してるみたいで……あの、柚希さん」
そう言って、紅音〈あかね〉が距離を詰める。甘い香りがした。
「え……」
「大丈夫です。少しだけ、動かないでもらえますか……」
紅音が腰を下ろすと、木にもたれる柚希に覆いかぶさるような格好になった。 紅音の動きに柚希は混乱し、慌てて目を閉じた。 手袋を外した紅音は右手で柚希の頬に触れ、左手を木に沿えると小さくつぶやいた。 「お願い……少しだけ、あなたの力を貸してください……」不思議な感覚だった。
紅音の手のぬくもりが、頬から体全体に伝わってくるようだった。 そのぬくもりは温かく、そして心地よくて。 言い様のない安息感が柚希を包み込んだ。* * *
「どう……ですか?」
「え……」
「まだ痛みますか?」
紅音の声に柚希が目を開けると、目の前に紅音の顔があった。
吐息を間近に感じる。 目が合った柚希は、緊張の余り全身が硬直するような感覚に見舞われた。「あ、あの、紅音……さん……」
「え?」
「あのその……顔、顔が、その……近いです……」
「あっ!」
柚希の言葉に、紅音が慌てて離れて目を伏せた。
「ご、ごめんなさい、私……また変なことを……」
「あ、いえ、そうじゃなくて……僕こそすいません、なんか失礼なことを」
その時柚希が、体の変化を感じた。
「あれ……」
頬に触れると、傷の感触がなくなっていた。
脇腹の痛みも消えている。「どうして……怪我が、怪我が治ってる!」
驚きの余り、柚希が大声を上げた。
「よかった……もう痛くありませんか」
紅音が嬉しそうに微笑んだ。
「これって、紅音さんが? でも、どうしてこんな」
「物心ついた頃から、私が持っている能力なんだそうです。左手で触れた物の力をもらって、右手で触れた物の傷を癒すことが出来るんです。今、柚希さんが背にしているこの木から、少しだけ力を分けてもらいました」
そう言って、紅音が少し寂しそうな表情を浮かべた。
「でも……お父様からはこの力のこと、人に言ってはいけないし、軽々しく使ってはいけないと言われてます」
「どうして?」
「気持ち悪いじゃないですか、こんな力。子供の頃、このことを知った友達は、みんな気味悪がって離れていってしまいました」
「そんなことないです。すごい力じゃないですか」
「え……」
「気味悪いだなんてとんでもない。超能力……でいいのかな。未知の力がこの世にはあるって思ってたけど、こんな優しい力があっただなんて」
「優しい……私の、この力が……」
「傷を癒すことが出来るんです。優しいに決まってるじゃないですか。それに触れてもらった時に感じた、あの穏やかな感覚。その力は紅音さんと同じ、優しい力です」
「そんな風に言ってもらえるなんて……嬉しいです」
「ありがとうございます。それからこのこと、誰にも言いませんから」
「柚希さん……」
紅音が嬉しそうに、にっこりと笑った。
その時、紅音の腕時計のアラームがなった。
「いけない、もうこんな時間」
アラームの音に反応し、傍で座っていたコウが立ち上がり、一声あげた。
「ごめんなさい柚希さん、そろそろ帰らないと。お父様が心配しますので」
「あ、いえ、僕の方こそすいません。コウもごめんね、折角の散歩の時間、僕が潰しちゃったね」
立ち上がり腰の土を払うと、コウの頭を撫でて柚希が微笑んだ。
「紅音さん、どうぞ」
柚希が差し出す手を恥ずかしそうにつかみ、紅音も立ち上がり日傘を開いた。
「家まで送りますけど、この辺りなんですか?」
「はい、山の方に向かって10分ぐらいのところです。でも大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「今日は色々と、ありがとうございました」
「私の方こそ楽しかったです。それで、あの……」
紅音がうつむきながら、ひと呼吸入れて言った。
「また会えませんか?」
「え……」
「よければまた、ここで……」
言い終わると、小さく肩を震わせた。
「分かりました。じゃあ、明日の16時にここで、でどうですか」
「え……」
紅音が顔を上げると、柚希が照れくさそうに笑っていた。
そして少し表情を強張らせながら、ぎこちなく言った。「それで、その……もしよければ紅音さん、友達になってもらえませんか」
「友達……」
「勿論、その……紅音さんがよければ、なんですけど……」
「私なんかと友達に……なってもらえるのですか」
「僕もダメダメな男子なんですけど、紅音さんさえよければ」
そう言って、柚希が照れくさそうに手を差し出した。
「は……はい、よろしくお願いします!」
満面の笑みで、紅音が柚希の手を握った。
* * *
辺りが夕焼けに染まる中、帰路を歩きながら、柚希の心は軽くなっていた。
さっきまでの重苦しかった気持が、嘘のようだった。 頬に触れ、あの時の感触を思い出すと、自然と笑顔になった。 生まれて初めて自分から作った友達。そう思うと、思わず声を上げて叫びたくなった。「桐島紅音さん、か……」
木造二階建ての、古びた一軒家。それが柚希〈ゆずき〉の家だった。 門扉を開けて中に入ると、少しばかりの庭がある。 都会でマンション暮らしだった彼にとって、庭があるのは新鮮だった。 ここに越して真っ先に彼がしたことは、庭に菜園を作ることだった。 三年ほど誰も住んでいなかったせいもあり、来た時には雑草が生い茂って荒れ放題になっていた。 越してきて一ヶ月。ようやく土も落ち着き、二十日大根やトマトの芽が出ていた。 玄関の鍵を開けて土間に鞄を置くと、彼は菜園に水をまいた。「おかえり柚希。遅かったね」 彼の家の隣に、同じような造りをした一軒家がある。 その二階の窓から顔を出した早苗〈さなえ〉が、声をかけてきた。「もうすぐご飯出来るから。それ終わったら手を洗って来るんだよ」 そう言って早苗は大袈裟に手を振り、微笑んだ。 柚希も手を振って応える。 水をやり終えると家に入り、制服を脱いだ。 傷はなくなったが、あちこちが土で汚れていた。このまま行けば、また早苗から質問攻めにあってしまう。 クラス委員でもある早苗の親切は嬉しいが、こればかりは簡単に解決出来るものではない。 早苗も薄々感じていて、事あるごとに聞いてくるのだが、安っぽい男のプライドが、女子に相談することにブレーキをかけていた。 それに何より、早苗に心配をかけるのが嫌だった。「こんばんは」「おお、おかえり。丁度呼びに行こうとしてたところだ。早く入りなさい」 早苗の父、小倉孝司〈おぐら・たかし〉が、夕刊を手に柚希を出迎えた。「あ、はい……いつもすいません」「そろそろそのかしこまったの、なんとかせんとな。うははははははっ」 豪快に笑う孝司に続いて、柚希も居間に向かった。「お兄ちゃん、いらっしゃい。巨人勝ってるよ」 早苗の弟、昇〈のぼる〉が嬉しそうに柚希を迎える。「なるほど。それでおじさん、ご機嫌なんだね」「何を言
優しい日差しが映り込み、川面が輝いていた。 昭和58年5月。 奈良県北部に位置する、この街に越して一ヶ月。 この小川にまで足を運んだのは初めてだった。 腰を下ろし木にもたれかかると、柚希〈ゆずき〉は少し顔をしかめた。 まだ痛む。殴られた頬が、そして蹴られた脇腹も、時間と共にずきずきとしてきた。 頭もまだ朦朧としている。制服の詰襟を外し、ベルトを緩めると呼吸が少し楽になった。 両手の親指と人差し指を使ってフレームを作り、小川や土手を眺める。 今度の休み、ここで写真を撮ろうか。 今しがた起こり、そしてまた、明日もあさっても続くであろう現実から目を背けるように、柚希は木にもたれたまま、フレーム越しに辺りを見渡した。 その時、柚希が気配を感じた。 今日はまだ許してくれないのか……あと何回殴られるんだ……勢いよく彼に近付いてくる足音に、柚希は目をつむり、諦めきった表情を浮かべた。 その時だった。 まだ少し血がにじんでいる彼の頬を、何者かが舐めてきた。「うわっ!」 予想外のことに、柚希が驚いて声を上げた。 振り向くと目の前に、太い眉を持った犬の顔があった。「え……犬……?」 息を荒げて柚希を見つめるその犬に、思わず柚希が微笑む。 そして次の瞬間、その犬に舐められた頬の傷に痛みが走り、顔をしかめた。 しかし犬はおかまいなく柚希の上に乗り、再び顔を舐めだした。「え? え? ちょ……ちょっと、やめろ、やめろってお前……ははっ、あははははははっ」 尻尾を振りながら顔を舐めてくるその犬に、いつしか柚希は声を上げて笑っていた。 散々殴られた後なので、犬を払いのける気力も残っていない。 柚希は笑いながら、しばらく犬にされるがままになった。 しかし不思議と、さっきまでの重い気持ちが軽くなっていくような気が
しばらくして。 羞恥のあまり、柚希〈ゆずき〉がうなだれた。 女はそんな柚希を怪訝そうに見つめながら、柚希の頭にそっと手を置いた。「大丈夫……ですか?」「いえ、その……すいません」「謝らないでください、その……」 女は何か言おうとしたが、思いとどまるように口を閉じた。「あの、何か……」 その助け舟に少し安堵の表情を浮かべた女が、緊張気味に柚希を見つめた。「よろしければ、その……お名前を……うかがっても……」「あ……はい。僕は柚希、藤崎柚希〈ふじさき・ゆずき〉です」「柚希さん……綺麗なお名前ですね。耳に響く音がとても心地いいです。あの、よければ……柚希さんってお呼びしてもいいですか」 手を合わせて微笑む女に、柚希の頬がまた赤く染まった。「は、はい。柚希でお願いします」 勢いよく頭を下げる柚希に、女は小さく笑った。「柚希さん、私は紅音、桐島紅音〈きりしま・あかね〉です。どうかよろしくお願いします。それからコウのこと、本当にすいませんでした」「いえそんな、こちらこそ。その……桐島さん」「柚希さんさえよろしければ、どうか私のことも紅音とお呼び下さい。私もお名前でお呼びさせてもらってますし、それに……その方が嬉しいです」 紅音の言葉に、柚希は胸の鼓動を抑えられなくなっていた。 * * * 柚希はこれまで、同世代の女子とほとんど話したことがなかった。 この街に越して来て、隣の家の同級生、小倉早苗〈おぐら・さなえ〉が初めてまともに会話した女子と言ってもよかった。 早苗は活発な子で、柚希の父からよろしくと頼まれたことを真剣に受け止め、色々と世話を焼いてくれていた。 家族ぐるみの付き合いをしていく中で、早苗は自分を小倉ではなく、早苗と呼ぶよう柚希に言ってきた。 でないと私を呼んでるのか、お父さんを呼んでるのかお母さんを呼んでるのか分からない。そんな理由だ
木造二階建ての、古びた一軒家。それが柚希〈ゆずき〉の家だった。 門扉を開けて中に入ると、少しばかりの庭がある。 都会でマンション暮らしだった彼にとって、庭があるのは新鮮だった。 ここに越して真っ先に彼がしたことは、庭に菜園を作ることだった。 三年ほど誰も住んでいなかったせいもあり、来た時には雑草が生い茂って荒れ放題になっていた。 越してきて一ヶ月。ようやく土も落ち着き、二十日大根やトマトの芽が出ていた。 玄関の鍵を開けて土間に鞄を置くと、彼は菜園に水をまいた。「おかえり柚希。遅かったね」 彼の家の隣に、同じような造りをした一軒家がある。 その二階の窓から顔を出した早苗〈さなえ〉が、声をかけてきた。「もうすぐご飯出来るから。それ終わったら手を洗って来るんだよ」 そう言って早苗は大袈裟に手を振り、微笑んだ。 柚希も手を振って応える。 水をやり終えると家に入り、制服を脱いだ。 傷はなくなったが、あちこちが土で汚れていた。このまま行けば、また早苗から質問攻めにあってしまう。 クラス委員でもある早苗の親切は嬉しいが、こればかりは簡単に解決出来るものではない。 早苗も薄々感じていて、事あるごとに聞いてくるのだが、安っぽい男のプライドが、女子に相談することにブレーキをかけていた。 それに何より、早苗に心配をかけるのが嫌だった。「こんばんは」「おお、おかえり。丁度呼びに行こうとしてたところだ。早く入りなさい」 早苗の父、小倉孝司〈おぐら・たかし〉が、夕刊を手に柚希を出迎えた。「あ、はい……いつもすいません」「そろそろそのかしこまったの、なんとかせんとな。うははははははっ」 豪快に笑う孝司に続いて、柚希も居間に向かった。「お兄ちゃん、いらっしゃい。巨人勝ってるよ」 早苗の弟、昇〈のぼる〉が嬉しそうに柚希を迎える。「なるほど。それでおじさん、ご機嫌なんだね」「何を言
「柚希〈ゆずき〉さんはこの場所、初めてなんですよね」「あ、はい。いつもは学校が終わるとまっすぐ帰ってるんですけど、今日はちょっと色々あって、少し休むつもりで」「それって、その傷と関係あるのですか」「あ、いや、それは……」 その言葉に、柚希が少し表情を曇らせた。「ごめんなさい。私、余計なことを」「いえ、大丈夫です。気にしないで」「本当にごめんなさい。私、こうして人とお話するのが久しぶりなので、少し興奮してるみたいで……あの、柚希さん」 そう言って、紅音〈あかね〉が距離を詰める。甘い香りがした。「え……」「大丈夫です。少しだけ、動かないでもらえますか……」 紅音が腰を下ろすと、木にもたれる柚希に覆いかぶさるような格好になった。 紅音の動きに柚希は混乱し、慌てて目を閉じた。 手袋を外した紅音は右手で柚希の頬に触れ、左手を木に沿えると小さくつぶやいた。 「お願い……少しだけ、あなたの力を貸してください……」 不思議な感覚だった。 紅音の手のぬくもりが、頬から体全体に伝わってくるようだった。 そのぬくもりは温かく、そして心地よくて。 言い様のない安息感が柚希を包み込んだ。 * * *「どう……ですか?」「え……」「まだ痛みますか?」 紅音の声に柚希が目を開けると、目の前に紅音の顔があった。 吐息を間近に感じる。 目が合った柚希は、緊張の余り全身が硬直するような感覚に見舞われた。「あ、あの、紅音……さん……」「え?」「あのその……顔、顔が、その……近いです……」「あっ!」 柚希の言葉に、紅音が慌てて離れて目を伏せた。「ご、ごめんなさい、私……また変なことを……」「あ
しばらくして。 羞恥のあまり、柚希〈ゆずき〉がうなだれた。 女はそんな柚希を怪訝そうに見つめながら、柚希の頭にそっと手を置いた。「大丈夫……ですか?」「いえ、その……すいません」「謝らないでください、その……」 女は何か言おうとしたが、思いとどまるように口を閉じた。「あの、何か……」 その助け舟に少し安堵の表情を浮かべた女が、緊張気味に柚希を見つめた。「よろしければ、その……お名前を……うかがっても……」「あ……はい。僕は柚希、藤崎柚希〈ふじさき・ゆずき〉です」「柚希さん……綺麗なお名前ですね。耳に響く音がとても心地いいです。あの、よければ……柚希さんってお呼びしてもいいですか」 手を合わせて微笑む女に、柚希の頬がまた赤く染まった。「は、はい。柚希でお願いします」 勢いよく頭を下げる柚希に、女は小さく笑った。「柚希さん、私は紅音、桐島紅音〈きりしま・あかね〉です。どうかよろしくお願いします。それからコウのこと、本当にすいませんでした」「いえそんな、こちらこそ。その……桐島さん」「柚希さんさえよろしければ、どうか私のことも紅音とお呼び下さい。私もお名前でお呼びさせてもらってますし、それに……その方が嬉しいです」 紅音の言葉に、柚希は胸の鼓動を抑えられなくなっていた。 * * * 柚希はこれまで、同世代の女子とほとんど話したことがなかった。 この街に越して来て、隣の家の同級生、小倉早苗〈おぐら・さなえ〉が初めてまともに会話した女子と言ってもよかった。 早苗は活発な子で、柚希の父からよろしくと頼まれたことを真剣に受け止め、色々と世話を焼いてくれていた。 家族ぐるみの付き合いをしていく中で、早苗は自分を小倉ではなく、早苗と呼ぶよう柚希に言ってきた。 でないと私を呼んでるのか、お父さんを呼んでるのかお母さんを呼んでるのか分からない。そんな理由だ
優しい日差しが映り込み、川面が輝いていた。 昭和58年5月。 奈良県北部に位置する、この街に越して一ヶ月。 この小川にまで足を運んだのは初めてだった。 腰を下ろし木にもたれかかると、柚希〈ゆずき〉は少し顔をしかめた。 まだ痛む。殴られた頬が、そして蹴られた脇腹も、時間と共にずきずきとしてきた。 頭もまだ朦朧としている。制服の詰襟を外し、ベルトを緩めると呼吸が少し楽になった。 両手の親指と人差し指を使ってフレームを作り、小川や土手を眺める。 今度の休み、ここで写真を撮ろうか。 今しがた起こり、そしてまた、明日もあさっても続くであろう現実から目を背けるように、柚希は木にもたれたまま、フレーム越しに辺りを見渡した。 その時、柚希が気配を感じた。 今日はまだ許してくれないのか……あと何回殴られるんだ……勢いよく彼に近付いてくる足音に、柚希は目をつむり、諦めきった表情を浮かべた。 その時だった。 まだ少し血がにじんでいる彼の頬を、何者かが舐めてきた。「うわっ!」 予想外のことに、柚希が驚いて声を上げた。 振り向くと目の前に、太い眉を持った犬の顔があった。「え……犬……?」 息を荒げて柚希を見つめるその犬に、思わず柚希が微笑む。 そして次の瞬間、その犬に舐められた頬の傷に痛みが走り、顔をしかめた。 しかし犬はおかまいなく柚希の上に乗り、再び顔を舐めだした。「え? え? ちょ……ちょっと、やめろ、やめろってお前……ははっ、あははははははっ」 尻尾を振りながら顔を舐めてくるその犬に、いつしか柚希は声を上げて笑っていた。 散々殴られた後なので、犬を払いのける気力も残っていない。 柚希は笑いながら、しばらく犬にされるがままになった。 しかし不思議と、さっきまでの重い気持ちが軽くなっていくような気が